新福祉会館計画に関する連合審査会の議事録が公開されました。(2)

前回のブログでは、行政答弁の不備について書かせていただきました。
同じ答弁者が、以前の議会答弁で、議事録の信憑性について問題のある答弁をしております。

天台宗の法話集には
聞き損いは、言い手の粗相。ということわざがあります。
 私たちは、話し手の真意を正しく理解することができず、つい誤解してしまうことがあります。あるいはまた、いくら言ってもなかなか聞いてもらえずヤキモキすることがあります。
 「あんなに口を酸っぱくして言ったのに、全然言うことをきかない。」
 「こんなに心配していったのに、どうして私の言うことがわからないの。」
と、腹立たしく思うことがあります。
 私たちは、自分の言ったことがその通り相手に伝わらない時、聞き手の聞き方がわるいといって責めたりしますが、果たしてそうなのでしょうか。話し手の方に問題はないのでしょうか。
 聞き損いは、言い手の粗相。
 聞き手が正しく理解しないのは、言い手の方に問題があると思った方がよさそうです。
 仏教は、「対機説法」だといいます。お釈迦さまがそうでした。お釈迦さまが説法されるときは機をみて法を説いたといいます。機とは法を説く相手のことです。その人の人格、年齢、教養、性質、まわりの環境、それらをよく知った上で、その人が理解できるように法を説いたのです。だから、心の底に教えがおさまったのでしょう。
 一方的な言い方ではなく、まず相手を理解する。その中にことばの交流はあるのでしょう。
と説いております。

またイマニュエル・カントは、
本当に頭の良い人は、相手が分かるように例えて説明できる人だと言っております。

そのようなことを考えながら議事録を読み替えしますと。

●「議事録に書いてあることは間違いで、私の本意とは違う。」と発言しております。行政答弁は、質問者である議員と「調整」と言う言葉で事前にすりあわせをされております。
そのような条件でなされた答弁内容が議事録と異なるとの発言事項は、議員の判断を誤らせることとなります。
●「聞き手の粗相は、言い手の粗相」と言う諺があります。聞き手と、言い手にはリテラシーについて相違があります。ですからいい手は相手が分かるように説明する必要があります。
●特に各議員は、多くの多様な議案に対して勉強や広く市民の意見を聞き、判断することを求められております。
それに対し行政は、担当分野が限られており、また多くの職員において事前に検討する時間とマンパワーが存在します。

このような状況から、「議事録が間違っている。」との発言は行政マンにとっては、「天に唾を吐く」行為です。
議事録に誤って記録されないようにするのは、発言する人の資質を高めることしかありません。自ら。

自戒の念をこめて。
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